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陶芸・やきものの歴史

□陶芸の歴史

やきものの歴史は土器から始まりました。わが国では、日本列島にいた先住
民族が縄文土器という独特なやきものをつくり、弥生式土器、土師器の素焼
きを経て飛鳥時代の4-5世紀に朝鮮から轆轤(ろくろ)技術と、窯が伝わったこ
とによって、さまざまな形や、高温焼成による壊れにくい須恵器が焼けるよう
になります。

奈良時代には中国から三彩陶が入り、平安時代から鎌倉時代に釉薬の使用
が発展します。本格的に釉薬を施した陶器が焼かれたのは鎌倉時代の古瀬戸
からで、灰釉と鉄釉の2種類が使われていました。

鎌倉時代までに日本三大古窯の陶邑窯、猿投窯、渥美窯が発展して衰退し、
数々の窯が淘汰され、室町時代には良品を焼くことができた瀬戸、常滑、備前
丹波、信楽、越前の六古窯が生き残ることとなります。

そして室町後期に台頭してくる茶の湯文化の流行により、桃山時代の日本の
やきものは黄金期を迎え、信長、秀吉など有力な戦国大名の権力者の庇護の
もと、「寂び」「侘び」の美意識に裏付けられ、造形的にも色彩的にも個性ある
織部、志野、黄瀬戸、唐津などの茶器の名品が生み出されます。

また秀吉の朝鮮出兵により、陶工が朝鮮半島から招聘され、日本の磁器が
有田で焼かれ、江戸時代に染付を中心とする初期伊万里の誕生に結びつき
ました。

桃山時代の発展から、磁器や染付の誕生、さらに釉薬の進歩が加わり、オラン
ダの東インド会社を通じて高級陶磁を輸出するようになり、日本の磁器は海外
でも高い評価を得ます。

江戸時代以降、さまざまな技術が日本各地に伝わり、多くの磁器窯が生まれ
幕末には量産が可能となり、庶民に流通するようになり日常生活に浸透しました。
明治以降は様々なデザイン、用途のやきものが焼かれ、六古窯や桃山陶の流れ
をくむ美術的に価値の高いものや、様々な技法を駆使した人間国宝による名品、
抽象的なオブジェなど、近現代の陶芸家らによる多種多様な陶芸作品が生み出
され続けています。
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□六古窯

日本古来の陶磁器窯のうち、中世から現在まで生産が続く代表的な六つの窯
です。
「日本六古窯」と呼ばれ、中世以降に朝鮮半島や中国大陸から渡来した製陶
方法や技術によって始められた他の窯とは区別されており、日本古来のやき
ものといえます。

・瀬戸焼

六古窯のなかで釉薬をかけて焼くという本格的な技法を用いています。
桃山時代から、黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部などの茶器が茶の湯の隆盛に
伴って多く焼かれ、江戸時代に磁器に押され衰退しますが、その後磁器の
製法を取り入れ現在まで連綿と焼き続けられています。

・常滑焼

平安末期から室町時代まで最古で最大規模を誇り、壺や甕が主産品でした。
近世、戦国時代から衰退しましたが、近代明治以降タイル、土管などの生産
で発展しました。

・越前焼

平安時代からの歴史がある、壺や甕、擂り鉢などの台所用品が主流でした。
江戸時代末期から明治期に廃窯になり火が途絶えましたが1970年代から
復興が進み窯元が急増しています。

・信楽焼

焼き物に良好な陶土が豊富にあり、中世末期より壺、甕、擂鉢などの焼き物
づくりが始められます。
室町・桃山時代以降、土味を生かした素朴な風合いが茶人の目に止まり、
茶陶として発展し、江戸時代から現代まで日常陶器を生産し続けて発展。

・丹波焼

平安時代末期から鎌倉時代が発祥で、壺や甕、すり鉢などが主に焼かれ
ていました。
登り窯による「灰被り」と呼ばれる独特な模様は、17世紀、茶人小堀遠州の
好みによって茶碗、茶入、水指といった茶陶の名品を世に出し、現在も約60
軒の窯元が作陶を続けています。

・備前焼

平安時代に発展し、鎌倉時代から水瓶や擂鉢など実用本位の陶器が焼かれ
ています。室町時代から桃山時代にかけて茶陶としての人気が高まりますが、
茶陶の衰退とともに衰えますが、昭和に入り桃山陶への回帰をはかり芸術性
を高めて人間国宝が誕生し高い評価を得ています。
釉薬を一切使わず「酸化焔焼成」による赤みの強い味わいが特徴です。
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□陶磁器の名産地

・九谷焼

17世紀に九谷村(現在の石川県加賀市)で発展し、古九谷とよばれる初期色絵
作品が作られますが、18世紀初頭に突然廃窯となります。
19世紀初頭に金沢を中心として数々の窯が加賀地方一帯に立ち、春日山窯、
若杉窯、吉田屋窯などによる再興九谷の名品が作陶されるようになり、明治期
には主要な輸出品となり、彩色金襴手の華麗な図案は欧米で高い評価を得ま
した。
九谷焼は現在も伝統が受け継がれ、金沢市から加賀温泉郷までの広範囲で、
個人作家の一品制作から量産品まで幅広く作られています。

・美濃焼

歴史は古く、平安時代に作られた須恵器から発展、鎌倉・室町時代には、山茶
碗・古瀬戸・灰釉と鉄釉が焼かれていました。
その後、安土桃山時代から江戸時代初頭にかけて花開いた桃山文化の時代に
は、美濃の陶工・京の画工、そして茶人たちの意思が結実し、志野・織部・黄瀬戸
といった日本を代表する器が生み出され「美濃桃山陶」の一大産地となります。
美濃焼の庇護者であった古田織部の死によって、美濃焼は一時期衰退しますが、
江戸時代中期に民衆向けの焼き物を作るようになり、江戸時代末期に磁器の生
産が始まり、現在では日本の和食器・洋食器の大半を生産する大窯業地となって
います。

・四日市萬古焼

1730年代に桑名の豪商沼波弄山によって開窯されます。
弄山の没後、一時跡絶えるもののその後江戸時代後期に再興され、明治後期以降、
半磁器の製造技術を開発したことにより、近代産業として発展しました。
耐熱性の特長を活かした紫泥の急須や土鍋が有名です。

・萩焼

豊臣秀吉の朝鮮出兵により連れてこられた陶工、李勺光・李敬の2人の兄弟が藩主
毛利輝元の命によって御用窯を築いたのが始まりとされています。
17世紀以降、それまでの高麗茶碗や織部風以外にも楽焼の作風が加わって多様化
し、萩焼独特の抹茶茶碗、急須、花瓶など茶人好みの器を世に出してきました。
幕末から明治以降一時衰退しますが、萩焼の人間国宝となる三輪休雪による「休雪
白」という独特な作風など、現代の茶の湯ブームの復興により萩焼を中興しています。

・有田焼/伊万里焼

17世紀初頭、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に日本に連れてこられた朝鮮の陶工によって
焼かれ始めます。江戸時代に有田を中心とした地域で生産された磁器は、当時「伊万
里焼」あるいは「伊万里」と呼ばれていました。これは有田一帯で焼かれた磁器が、有
田の近郊の伊万里港から積み出され、国内・海外に流通したことにちなんでいます。
この江戸時代に作られた伊万里焼を、現在では「古伊万里」と呼んでいます。
また「鍋島焼」は、幕府や大名などへの献上・贈答用の最高級品のみをもっぱら焼い
ていた藩窯の作によるものを呼んでいます。
柿右衛門様式、金襴手などの他に類を見ない絵付技術により、海外での評価は高く、
17世紀後半から18世紀初頭にかけて輸出の最盛期を迎えます。
江戸後期以降、日本各地で磁器の生産が始まると、市場は奪われていきましたが、
現在に至るまで日本の磁器生産トップブランドとして君臨しています。

・唐津焼

豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に日本に連れてこられた朝鮮の陶工によって本格的に
作陶がはじまったといわれています。
桃山時代には茶の湯の名品として知られ、「一楽二萩三唐津」などと格付けされた
ほどでした。
江戸時代の鍋島藩は藩内の窯場の整理により多くの窯元が取り壊されますが、茶
陶を焼くための御用窯として存続します。
明治以降は、有田を中心とした磁器の台頭により衰退しますが、後の人間国宝、
中里無庵が「叩き作り」など伝統的な古唐津の技法を復活させ、再興に成功します。

・薩摩焼

豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に日本に連れてこられた朝鮮の陶工が、島津義弘の保
護の下に発展させました。
薩摩焼は島津氏の御用窯として始まり、諸国の陶法を取入れ、各地に多くの窯場
が出来たこともあり、多種多様の陶磁器が作り出されました。
代表的な物としては「白薩摩」と呼ばれる、象牙色の肌に細かい貫入(ひび)が入り、
繊細華麗な錦手や金襴手の上絵、精巧な透彫りがほどこされた藩主御用品と、黒薩
摩と呼ばれる大衆向けの雑器に分かれます。
錦手や金襴手の華麗なものを、現在では一般にこれを薩摩焼と呼んでいます。
現在では県内全域に窯元が存在し、さまざまな技法を凝らした作品を製造しています。
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□人間国宝の陶芸家

富本憲吉
(1886年-1963年)

加藤土師萌
(1900年-1968年)

藤本能道
(1919年-1992年)

十三代今泉今右衛門
(1926年-2001年)

十四代酒井田柿右衛門
(1934年-)

石黒宗麿
(1893年-1968年)

清水卯一
(1926年-2004年)

濱田庄司
(1894年-1978年)

荒川豊蔵
(1894年-1985年)

鈴木藏
(1934年12月1日-)

三輪休和(十代三輪休雪)
(1895年-1981年)

三輪壽雪(十一代三輪休雪)
(1910年2月4日-)

金重陶陽
(1896年-1967年)

藤原啓

三代目徳田八十吉
(1933年-2009年)

山本陶秀
(1906年-1994年)藤原雄
(1932年-2001年)

伊勢崎淳
(1936年-)

中里無庵
(1895年-1985年)

近藤悠三
(1902年-1985年)

金城次郎
(1912年-2004年)

田村耕一
(1918年-1987年)

松井康成
(1927年-2003年)

井上萬二
(1929年-)

加藤卓男
(1917年-2005年)

島岡達三
(1919年-2007年)

中島宏
(1941年10月1日-)

三浦小平二
(1933年-2006年)

伊藤赤水
(1941年6月24日-)

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□日本陶芸界の巨匠たち

北大路魯山人
(1883年-1959年)楠部彌弌
(1897年-1984年)

板谷波山
(1872年-1963年)

川喜田半泥子
(1878年-1963年)

バーナード・リーチ
(1887年-1979年)

加守田章二
(1933年-1983年)

六代清水六兵衛
(1901年-1980年)

加藤唐九郎
(1897年-1985年)

小山冨士夫
(1900年-1975年)

八木一夫
(1918年-1979年)

永楽善五郎
(1944年-)

樂吉左衛門
(1949年-)

河井寛次郎
(1890年-1966年)

鯉江良二
(1938年-)

大樋長左衛門
(1927年10月28日-)

岡部嶺男
(1919年-1990年)

三輪龍作
(1940年-)

辻清明
(1927年-2008年)

沈壽官
(1959年-)

初代宮川香山
(1842年〜1916年)

森陶岳
(1937年-)

加藤孝造
(1935年-)

鈴木治
(1926年-2001年)

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