バウハウス(建築とデザイン)

バウハウス(Bauhaus)

1919年、ドイツのワイマール市に開校された、工芸・写真・デザイン・建築
に関する総合教育を行った造形芸術学校です。
ナチスにより閉鎖される1933年までの14年間存在。後世の美術芸術・美術
思想・美術教育等に多大な影響を与えました。
初代校長で建築家のヴァルター・グロピウスは、「生活機能の総合場である
建築のもと、彫刻・絵画・工芸などの諸芸術と職人的手工作など一切の造形
活動を結集して、芸術と技術の再統一を図る」という教育理念のもと、新しい
教育システムを実施しました。
画家のカンディンスキーやパウル・クレー、ヨハネス・イッテン、モホリ=
ナジ・ラースロー、舞台芸術家のオスカーシュレンマーなどを教授に迎えました。
デザイン運動のひとつの頂点を形作ったものとして高く評価されていて、
グラフィック・デザインおよび家具デザインの分野にその成果が認められます。
1926年には、グロピウス自身が設計したデッサウの校舎に移転。近代工業が
発展しつつある当時において、その生産形式・生活様式に応じた芸術のあり方
を示しました。
その後、校長はハンネス・マイヤーを経てミース・ファン・デル・ローエに
代わりますが、33年にはナチスの圧力でその幕を閉じてしまいます。その後もその理念
はシカゴの「ニュー・バウハウス」における運動とドイツのウルム造形大学
におけるデザイン運動へと継承されていきました。


バウハウス・主な関連人物

ヴァルター・グロピウス

ミース・ファン・デル・ローエ

パウル・クレー

ジョセフ・アルバース

ヨハネス・イッテン

ワシリー・カンディンスキー

ピエト・モンドリアン

マルセル・ブロイヤー

リオネル・ファイニンガー

ヘルベルト・バイヤー

世界の建築(主要な建築家一覧)

ベルナール・チュミ

バックミンスター・フラー

カルロ・スカルパ

セシル・バルモンド

シーザー・ペリ

チャールズ・ムーア

デヴィッド・チッパーフィールド

ドミニク・ペロー

ダニエル・リベスキンド

エリエル・サーリネン

エーロ・サーリネン

フランク・ロイド・ライト

エフ・オー・アーキテクツ/FOA

フランク・ゲーリー

フライ・オットー

ヘリット・トーマス・リートフェルト

ジュゼッペ・テラーニグレン・マーカット

イオ・ミン・ペイ

ヴァルター・グロピウス

ミース・ファン・デル・ローエ

ジャン・ヌー

ジャン・プルーヴェ

ジョン・ポーソン

アルネ・ヤコブセン

ルイス・I・カーン

ルイス・バラガン

マルセル・ブロイヤー

マリオ・ボッタ

ノーマン・フォスター

オスカー・ニーマイヤー

オットー・ワーグナー

ピーター・アイゼンマン

ピーター・ウォーカー

ペーター・クック

フィリップ・ジョンソン

ピーター・ズントー

パオロ・ソレリ

ルドルフ・シンドラー

ロバート・ヴェンチューリ

レム・コールハース

ルドルフ・シュタイナー

リチャード・ノイトラ

日本の建築

阿部仁史

芦原義信

安藤忠雄

伊東忠太

伊東豊雄

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遠藤秀平

岸和郎

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吉田五十八

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